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福祉の情勢分析 Vol.4 地域における「公益的な取組」について

ここ数年、社会福祉法人に対する原則非課税の税制優遇措置の問題が指摘されたり、特別養護老人ホームなどの「巨額の内部留保」が問題として指摘され、厚生労働省の「社会福祉法人の在り方等に関する検討会」や社会保障審議会「福祉部会」での議論などを経て、社会福祉法が改正され、社会福祉法人が「地域における公益的な取組」をすべきであることなどの規定が加わって、2016年4月より施行されている。

この間、介護保険法や障害者総合支援法のもとでは、サービス供給がNPO法人や株式会社でも可能となったため、税制上の優遇措置のある社会福祉法人への「特別扱い」を廃止し、対等な条件のもとで競争できるようにすべきであると主張する「イコールフッティング(equal footing)」論が、まるで正論かのように取りざたされてきた。

しかし、まったくナンセンスな議論である。こうした議論が説得力をもつのは、社会福祉法人のみが経営的にうまくいっていて、NPO法人や株式会社が窮地に追い込まれているという状況にある場合である。そうした方向に誘導するかのように一時期、社会福祉法人の「内部留保」が問題になった(2012年の財務省の調査による試算では、特別養護老人ホーム全体では総額約1.8兆円、1施設あたり約3億円にもなるとされた)。先の社会福祉法の改正では、法人の全財産のうち事業継続に必要な控除対象財産を明確にし、それを除いたものを余裕財産(再投下財産)として、再投下計画を策定して、地域公益活動に取り組むべきことが義務付けられた(社会福祉法第55条の2)。しかし、実際には余裕財産がある社会福祉法人はほとんどないのが現状なのである。

福祉業界全体の従事者の平均所得は、全業種平均より低い水準にある。しかも労働条件の厳しさなども加わり、業界全体が人材を確保するのに苦慮している状況にある。もし、社会福祉法人への税制上の減免がなくなれば、さらに労働条件が悪化し、人件費が抑制されることになる。したがって、イコールフッティング(競争条件を同じにすること)を要求するのであれば、「社会福祉法人への優遇措置をなくせ」といったお互いに足を引っ張り合うような低い水準での競争条件の統一を要求するのではなく、むしろ業界全体で底上げをする方向での(つまりNPO法人や株式会社についても、福祉サービスに関しては社会福祉法人と同様の税制上の優遇措置を求めるといった)条件の統一を主張すべきである。

筆者がNPO法人や株式会社の経営者ならそう主張する。実はイコールフッティングを議論しているのは、そうした人たちではない。最初から財政抑制を意図して生じてきた議論だということをふまえておく必要がある。

また、社会福祉法人は生活困窮者への支援などを十分に行っておらず、NPOなどと違って今日的なニーズに柔軟に対応できていないといったことがよく指摘される。しかし、こうした議論は、「寿司屋でハンバーグがないことにクレームをつける」のと同様の言いがかりである。たとえば特別養護老人ホームを経営する社会福祉法人は、介護を必要とする高齢者の介護をすることを主たる役割としているのであって、ホームレスの支援をすることを目的とした団体ではない。逆にNPOだから柔軟に対応できているのでもない。居宅介護事業を実施しているNPO法人が、生活困窮者支援に柔軟に取り組んでいるわけではない。生活困窮者支援をしているNPO法人は、そのことを目的として定款に定めて、そのもとで実践しているのである。つまり社会福祉法人だから事業運営が硬直化しているわけではないのである。こうした基本的な事実関係を確認した上で議論することが必要である。

とはいえ、今日の高齢社会の進展や貧困問題が深刻化している状況をふまえると、社会福祉法人が地域の課題に無頓着であっていいわけではない。社会福祉法第24条の2項では社会福祉法人による「地域における公益的な取組」が規定され、①社会福祉事業又は公益事業を行うに当たって提供される社会福祉サービスであること、②日常生活または社会生活上の支援を必要とする者に対する福祉サービスであること、③無料又は低額な料金で提供されること、という3つの要件が示されている(なお、この要件については本年(2018年)1月より、運用が弾力化されている)。

では、社会福祉法人がそれぞれの事業を展開しながら、こうした「地域における公益的な取組」をどのように実践すればよいのであろうか。たとえば、80歳前後の老親と50歳前後の独身の子どもが同居しているいわゆる「8050問題」のような場合、親へは介護保険サービスを提供している社会福祉法人が対応できても、子どもへの対応は困難である。社会福祉法人の使命が、その事業を通じて、利用者やその家族の「ひとりの地域の住民」としての豊かな暮らしを支えることにあるとすれば、この子どもの存在を無視するわけにはいかない。しかし、高齢者の支援をしている事業所や施設がその役割を担えるわけではない。そこで必要とされるのが社会福祉法人間のネットワークである。兵庫県下では「○○(市町・区)ほっとかへんネット」の愛称のもと、「社会福祉法人連絡協議会」を組織し、ネットワークを強化することで、いわゆる「地域における公益的な取組」を実践できるような仕組みづくりを進めている。そのポイントは、身の丈にあった日々の実践の延長線上に「公益的な取組」を位置づけるところにある。

先の例でいえば、日々の実践を通じて子どもの存在に気づけば、生活困窮者自立支援法にもとづく自立相談支援事業の窓口につなぐとか、もし障害のある方であれば障害者支援の事業所や保健センターと連携するなどして実践していける仕組みをつくることが重要となるのである。それは決して特別なことではない。

KCDラボ代表 松端克文