福祉の情報分析Vol.3「福祉の“専門性”について」
社会福祉(以下、福祉とする)は、生活していく上で困難な状況に置かれている人(たち)を支援するための社会的な取り組みの総称である。
医者なら病気を患っている人(=患者)を治療するところにその専門性があるし、弁護士ならクライアントの立場に立って法的な問題を解決していくところにその専門性を見出すことができる。
しかし、福祉の場合は、対象が曖昧だし、生活上の困難に対する解決の仕方も、病気が治るとか、法的な問題がクリアになるといったことに比べると、やはり曖昧である。そこで順番にじっくりと考えてみることにする。
まず、「生活していく上で困難な状況に置かれている人(たち)」というのは、特定の人(たち)を指しているわけではない。たとえば、ついつい「障害者」を社会福祉の対象として一律に捉えがちだが、厳密にいえばそういうわけではない。「障害」があっても、生活をしていく上で、特に支障がなければ、わざわざ「障害者」と認定して、福祉の対象にする必要はない。農林水産業やモノづくりが主たる産業であった時代には、今日のサービス産業が中心で、過剰に「コミュニケーション能力」が重視される状況と比べれば、「障害」がマイナスの要因として際立つことは少なかったといえる。
つまり、福祉の対象となるのは、「障害者」とか「高齢者」、「貧困者」というように、何らかの属性をもった固定的な人(たち)ではなく、その人にとっての社会関係がうまく結べなくなった状態の人(たち)なのである。
「車いすの天才物理学者」として知られ、独自の宇宙理論を構築してきたイギリスのスティーブン・ホーキング博士が、今年の3月14日に76歳で亡くなった。ホーキング博士には、筋萎縮性側索硬化症(ALS)という障害があったが、「障害者」としてではなく、科学者や物理学者として活躍し、注目されてきた。1988年に刊行された『ホーキング、宇宙を語る―: ビッグバンからブラックホールまで―』は、世界中で1,000万部以上のベストセラーになっている(ホーキング博士の理論や名言は示唆に富んでいるので、また別の機会に紹介する)。
こうしたことをふまえると、「障害」があるから問題なのではなく、仕事に就けないとか、収入がないとか…というように、社会関係がうまく形成できないことが問題なのである。福祉はこのように「生活上の困難」を社会関係のなかで捉えるところに特徴がある。
次に「環境(状況)のなかの人」という捉え方も重要となる。人はこの世に生を受けた瞬間から、すでに環境のなかに置かれている。そして環境との交互作用のなかで人が人として成長しながら生活を送ることになる。
性格が明るい人というのは、そうでない人との比較において、そういう人だと認識される。勉強にしても、スポーツにしても「できる/できない」は相対的である。ある学校でとてもよくできる子どもが、別の集団に入れば、さほど目立たなくなるということは、よくある話である。
また、たとえばある人が「明るい」と認識される場合、それはその人が明るくふるまえる環境にいるということでもある。だから、いくら明るい人でも、周囲から無視されているのに、明るくふるまい続けることはできない。
このように福祉では、「環境のなかの人」という観点を重視する。そしてその観点を、具体的な支援(ソーシャルワーク)においても重視している。つまり、個人にはたらきかけるのと同時に、環境にもはたらきかけ、その人がより暮らしていきやすくなるように環境を調整するのである。
環境が変われば、人は変わる⁉
福祉の強みは、この環境へのはたらきかけにある。ある利用者を「激しいこだわりがある」と見るのか、「集中力がある」とか「几帳面である」というように見るのかは、どちらが正しいともいえない。一般的に、そうした特徴を「問題行動」として捉えがちだということである。だから、「激しいこだわり」が周囲からみると気にならないとか、それを活かすことができるような環境にできれば、本人にとっても、周囲の人たちにとっても幸せなことである。だからこそ、実践現場でのそうした方法論の蓄積が必要なのである。
そして福祉の専門性のポイントは、とことん本人の側から考え、寄り添い続けるという点にある。支援の場面では、ついつい支援者目線でその人を捉えてしまう傾向がある。一見わがままに見える言動も、その人の置かれている状況に自らも身を委ねてみるような共感的な姿勢で捉え直せば、その言動の意味が見えてくるかもしれない。大切なことは、その人の内面が理解できるようになることというよりも(そうできればいいけれど…)、その人に寄り添い続けることである。
人は他者との関係を通じて、自己のありようが左右される。他者との関係が険悪になれば、自分自身も精神的に不安定になるし、逆に他者との関係が良好であれば、自身も安定する。支援において大切なことは、こうした安定的な関係をいかに形成できるかである。
福祉専門職として、その人が自己を安定させることが
できるような他者として関わることができているのか?
こうしたことを自問自答し、その人にしっかりと寄り添い、その人にとってよりよい社会関係が形成できるように環境を調整していく。福祉の専門性は、こうした実践を積み重ねることのなかにあるといえる。
KCDラボ代表 松端克文