新着情報

福祉の情報分析Vol.1「意思決定支援について」

 2012(平成24)年の「地域社会における共生の実現に向けて新たな障害保健福祉施策を講ずるための関係法律の整備に関する法律」において、障害者自立支援法が「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(障害者総合支援法)」に改められ(2013年4月施行)、障害者等の意思決定の支援に配慮することが規定された。

 その際、障害者の意思決定支援については、法施行後3年を目途に検討し、一定の措置を講ずることとされていたため、厚生労働省は社会保障審議会障害者部会での検討をふまえ、2017(平成29)年3月31日に「障害福祉サービスの利用にあたっての意思決定支援ガイドライン」を通知している。そこでは意思決定支援を「自ら意思を決定することに困難を抱える障害者が、日常生活や社会生活に関して自らの意思が反映された生活を送ることできるように、可能な限り本人が 自ら意思決定できるよう支援し、本人の意思の確認や意思及び選好を推定し、支援を尽くしても本人の意思及び選好の推定が困難な場合には、最後の手段として本人の最善の利益を検討するために事業者の職員が行う支援の行為及び仕組みをいう」と定義づけている。そして、意思決定を構成する要素や基本的原則、意思決定支援会議などについて、事例も含めて解説している。

 しかし、実際のところはどうもよくわからないというのが率直な感想ではないだろうか。そこで、ここでは意思決定支援の基本的な考え方と実践の方向について解説する。

 まず、意思決定支援における課題は、次の2つに集約できる。すなわち①本人の決定であれば何でも尊重しなければならないのか、②ことばによる意思の確認が困難な場合にどのように対応すればいいのか、である。

 こうした課題を考えるためには、「そもそも、なぜ、その人の意思を尊重する必要があるのか…?」と考えてみるとおもしろい。するとその答えは、たとえば「その人の意思を尊重することが何よりも価値があることだから…」というものが考えられる。でも、その答えは怪しい。なぜなら、たとえば本人が自殺を決意した場合に、その意思を尊重して、そのお手伝いをすること(自殺幇助)はまずないからである。ということは、この場合、本人の意思より大切にしているもの(価値)が別にあることになる。それは生命の尊重とか、安全の確保とか、もっといえば、その人の存在を大切にするとかといったことになる。

 つまり、その人の意思を尊重するのは、そのこと自体に絶対的な価値があるというよりは、「その人の存在を大切にする」とか「その人の幸せを実現する」というようなより大きな目的のための方法のひとつとして、その人の気持ちや意思を尊重しようとしているのだといえる。したがって、支援者にとって重要なことは「どうすること、どのようになることが、その人にとってよりよい状態といえるのか」ということを真摯な姿勢で問い直すことである。それは本人にとっての「最善の利益」を考えることでもある。

 このように意思決定の問題は、実は当の本人にとってのというよりは、二者関係以上の人間関係のなかで生じる問題であり、さらにいえば支援する側にとっての問題なのである。そして、先ほどの自殺の例のように、本人の意思がそのままで重要であるというよりは、それに対する支援者の側の価値判断(その人を支援していくうえで、なにを大切にしているのか)ということこそが問われるのである。

 したがって、先の課題①への解答としては、本人の決定がそのままで重視されるというのではなく、「その人にとってどうすること、どうなることがよりよい状態と考えるのか」(本人にとっての「最善の利益」とは何なのかを考える)という文脈において、その人の表明された意思が支援する側で吟味され、実際には多様な尊重のなされ方や支援があり得るということになる。

このように考えると、②の課題についても捉え方が変わってくる。つまり、ことばによる意思確認ができるか否かにかかわらず(ことばがある場合でも上記のように考えられるので)、その人にとってのよりよい状態とは何なのかということを支援する側が問う過程を通じて考えていくべき課題なのだということになる。ただしその場合、支援する側が独善的な判断で行動することが常にあり得る。それだけにできるだけ多くの関係者が寄って、話し合いをし(協議をし)、どのようにすることが、その人にとってよりよいことなのかということを確認すること(「とりあえずの合意」を形成すること)が重要となる。こうした取り組みを「意思決定支援会議」と解すればわかりやすい。

 ところでよく「コミュニケーション能力を磨く」と表現されることがあるが、正しいとはいえない。なぜならコミュニケーションは、個々人の「能力」ではないからである。コミュニケーションとは、情報/伝達/理解のやりとりの総体である。ある“情報”を“伝達”し、それを相手が“理解”し、その際の様子や返答が“情報”として“伝達”されてこちら側が受け止め、一定の“理解”がなされ、それがまた“情報”として相手に“伝達”されて…というやりとりなのである。したがってことばだけでコミュニケーションが成り立っているわけではなく、口調や表情なども重要な情報となる(だからことばがない人とも、実はコミュニケーションしている)し、ことば通りの意味しかないわけではない(たとえば「がんばります!」との返答が、がんばれないことのサインの場合もある)のである。

このように意思決定支援の課題は、実は個々の利用者の能力の問題ではなく、支援者の側の価値判断と対応が問われる課題であり、支援者にはじっくりと一人ひとりの方に寄り添うことを大切にする姿勢こそが問われているといえる。

KCDラボ代表 松端克文